ライターを目指すわたしは読書感想文がニガテな子だった

 小学生の頃、夏休みの宿題でいちばんイヤだったのは「自由課題」とよばれるものでした。

「自由課題」といっても学校側からあらかじめ用意されたふたつの中から自分の好きな方を選んで取り組むという宿題で

 ひとつは「理科の実験」。研究テーマを自分で決めて夏休み期間を利用して観察をし、レポートにまとめ提出する、というもの。

 そしてもうひとつは夏休み中に一冊本を読み、感想をまとめる「読書感想文」。

 

 このころから、コツコツ物事に取り組むというのがニガテだったわたしはせっかくの夏休みに毎日毎日食パンをながめてはそこに生えたカビの様子を事細かくイラストにして、レポート用紙にまとめるなんてそんなめんどうなことに興味を持てるはずもなく、

「早いこと終わらせて、遊びに行くんだ!!」

というなんとも単純な思考ルートからいつも「読書感想文」ほうを選んでいました。

 

 とはいっても、読みたいと思って読むわけでもない本を完読すること事態がなかなかの困難だというのに「感想は?」なんて問われたところで何も浮かんでくるはずはありません。だからといって適当な言葉を並べて仕上げられるほどかしこくもなかったので、母親に付きっ切りで指導され原稿用紙とにらめっこするのが毎年のことになっていました。

 

 その夏もいつものようにまた、原稿用紙とにらめっこをしていました。が、

あまりにもわたしの筆が進まないのでしびれをきらした母は夕飯の準備に席をはずしました。

 しばらくして様子を見に戻ってきた母の驚いた顔を今でも覚えています。

どうにかして原稿用紙を埋めてやろうと必死だったわたしはなんと物語の内容をそっくりそのまま書き写していたのでした。  

 あまりにも想定外な娘の行動にスパルタ母さんはたいへん呆れた顔をしながらもこう話し始めました。

 

作文を書くにはまず、「あらすじ」をはじめにもってくること、全体的な流れを冒頭にまとめたら、感想はいちばん心に残ったところをピックアップして、次に書いてなぜそう思ったかを書くんだよ。こんなことがありました、あんなことが起こりました、なんて1~10までだらだら沢山書いても読む方からしたら面白くないからね。

 

 今思えば、なぜ初めからこの話をしてくれなかったのか...とも思いますが。

本文丸写しバカは、なにか特別なヒントをゲットできたような気がして心がワクワクしたのでした。

 

 言うまでもありませんが、スパルタな母が快く新しい原稿用紙をわたしてくれるはずもなく、その後消しゴムでゆびが痛くなりながらも消したのを覚えています。

 

 指の痛みの代償に母から大きなヒントを得た丸写し野郎にある日、人生の転機がおとずれるのでした。(笑)

 わたしの通っていた小学校では毎週金曜日に日記の宿題が出されます。

いつものように月曜日の朝いちばんに提出した日記帳。夕方、返却された表紙には見覚えのないキラキラ光るシールが貼らていました。不思議に思いながらも受けとると

先生はみんなの前でこう言いました。

「これから、みんなの日記を読んでいいなあと思った人にはシールのプレゼントをすることにします。あなたがその第一号です。」

大の苦手分野った作文で思わぬ評価をもらい、照れくさい気持ちとうれしい気持ちでいっぱいになり、家に帰ってすぐさま母に報告をしたのを今でも覚えています。

 

 母のスパルタタイムを経てやっと味わうことが出来た感覚。

「自分のなかにあるものを言葉にしていくことのたのしさ」「アウトプットしたものを見て相手が反応を示してくれるというたのしさ」。

ライターを目指すことになったいちばん初めのきっかけはここにあったのだと思います。